大前粟生著「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」を読む【街の書店員・花田菜々子のハタチブックセンター】

2020.04.30

街の書店員のおすすめ本ハタチブックセンター

誰も傷つけずに生きていきたいけど


『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』

大前粟生・著 ¥1600 河出書房新社


男らしさをまとうことや、恋愛・性の話題が苦手な男子大学生の七森。そんな彼が入部したのは、生身の人間との衝突を恐れる人たちが集まる「ぬいぐるみとしゃべる」サークル。繊細で優しさにあふれる次世代のための恋愛青春小説。

 私がハタチだった20年前、「モテない」ことはみんなに共通の悩みで「クリスマスにデートする相手がいない」ことは恥ずかしいことだった。そこから20年。繊細なジェンダー観で描かれたこの本を読んで、時代の変化をうれしく感じた。同性の友達に自慢するためにセックスしなくたっていいし、恋愛だってしなくてもいい。そんな安らぎと安心感をくれる本だ。

  だが、小説の中の彼らは自信を持ってハッピーに生きているわけではない。他者を傷つけることを避け、気持ちを先回りしすぎるやさしい彼らは、それゆえに生きづらさを感じている。加害者になることから逃れようとすると、今度は「踏み込めない弱さ」という問題に向き合わなくてはならなくなる。

 しんどそうな友達に「大丈夫?」と声をかけて、大丈夫じゃなさそうに「大丈夫」と答えられたとき、私たちはどうすべきなのだろう。答えはすぐにはわからない。踏み込むことも、そっとしておくことも、選べる自分でありたいと思う。




ゆっくりの呼吸を取り戻す2冊


『どこでもいいからどこかへ行きたい』

pha・著 ¥600 幻冬舎文庫


場所が変われば、気持ちが変わる。意味もなく近所の安ホテルに泊まってみる。目的地はないけど遠くへ行く鈍行列車に乗ってみる。日常を違う目で切り取る、ゆるやかで柔らかな発想が心地いいエッセイ。




『光と窓』

カシワイ・著 ¥800 リイド社


抒情的な線が美しい、カシワイさんの最新漫画作品集。安房直子、小川未明などの児童文学をモチーフに描かれる物語は、まるで音楽のようにするっと心に溶け込み、優しい気持ちをくれる。




はなだ ななこ 
HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE店長。最新刊は『シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた「家族とは何なのか問題」のこと』。



2020年6月号掲載
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