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2023.09.15更新日:2024.08.09
――2014年は昨年のシングル連続ヒットやメディアへの露出を経て、リーダー・道重さゆみさんが率いる新生モーニング娘。がかなり世の中に広まってきたタイミングですね。
譜久村 今だからこそ気づける部分も多いのですが、確かにこの時のモーニング娘。はよりいろんな方面から盛り上げていただいたと思います。『新春豪華どっきり祭り!3時間半スペシャル!』の寝起きドッキリなどは、いまだに反響をもらったりするんですよ。みんな寝起きで目も開いてないし、声も出てないし、髪の毛もボサボサだし……すごい姿をお見せしてしまったので恥ずかしい気持ちもありますが(笑)。でも、よこやん(横山玲奈)はその寝起きドッキリを見てモーニング娘。に入りたいと思ってくれたみたいで。その話を後から聞いた時はすごくうれしかったです。
――この年はソチ五輪を応援する「ニッポン!コールプロジェクト」のアンバサダーにも選ばれていましたね。
譜久村 ソチ五輪日本代表選手団壮行会で公式応援ソング『君の代わりは居やしない』をパフォーマンスさせていただいた時のことはすごく記憶に残っています。この曲はモーニング娘。らしい言葉でパワーを届けられるような曲で、いただいた時にすごく感動したんです。私は、『LOVEマシーン』で“日本の未来は”と歌っているモーニング娘。が日本の未来を背負っている感じがすごくカッコイイと思っているんですけど、この曲ではまた改めて日本の未来を背負わせてもらうような機会をいただいたというか……。個人的にはそんな感覚があったので、感慨深くなったことを覚えています。そしてこの曲はみんなで一緒になって楽しめるような楽曲でもあるので、壮行会では選手の皆さんがノリノリで盛り上げてくださいました。その優しさがまたすごくうれしくて忘れられないです。
――その他には森三中の大島美幸さん&黒沢かずこさんと新ユニット“モリ娘。”を結成し、auのCMに出ていたことも話題になりました。
譜久村 すごく懐かしいです! その時に作っていただいたのが『Password is 0』という曲だったんですけど、確かイントロの振りがついたのがCM撮影する前ギリギリのタイミングだったんです。振り自体も難しくてみんなで「覚えられない!」って大騒ぎしてたんですけど、すぐ撮影しないといけない状況だったので気合いで覚えて踊ったことが印象に残っています(笑)。このイントロの振り付けは新メンバーが絶対に苦戦するところなので、苦戦している姿を見るたびに当時の自分たちを重ねちゃいますね。
――メディアなどに出て世の中での人気が広まっていくなかで感じていたことや、その時の気持ちは覚えていますか?
譜久村 そこまで自覚はなかったんですけど、自分たちが出ていないテレビで「モーニング娘。再ブレイク!」と取り上げられているのを見かけた時はさすがにビックリしました。あとはメディアに出るとファンの皆さんがすごく喜んでくださるんですよ。「おめでとう」という言葉をたくさんかけていただいて、何よりもその気持ちがすごくうれしかったですし、周りのスタッフさんも公演があるたびにすごく盛り上げようとしてくださって、自分たちだけではなくみんなで作っているという気持ちが大きかったです。あとはシングルのヒットや道重さんのラストの何かに合わせてケーキを用意していただく機会が多かったので、この一年は自分の人生で一番ケーキを食べた気がします(笑)。
――当時のモーニング娘。はどんな雰囲気でしたか?
譜久村 この年は道重さんが卒業する年だったので、メンバー全員が道重さんのために何かしたいという強い思いを持っていて、その団結感がグループをいい雰囲気にしてくれていたんじゃないかと思います。本当に仲がよくて、寝起きドッキリの時も本当に夜中の2、3時までみんなでずっとゲームしていたり(笑)。
でも今改めて当時の映像を見ると、その時の後輩の私たちって踊りも歌もまだまだだなあって思います。もちろんみんなで一生懸命に取り組んでいたし、できる限りの努力はしてきたつもりですけど、手探りな部分も多かったですし成長途中の状態だったというか。でも謎の自信だけはすごくあったんですよね(笑)。
――譜久村さん個人としてはどんな状態でしたか?
譜久村 少し前からフォーメーションダンスをパフォーマンスに取り入れるようになって、とにかく体力勝負! みたいな日々を過ごしていました。なので負けず嫌い精神みたいなものが出てきて、意地になるじゃないですけど、とにかく気合いで駆け抜けるぞっていう気持ちでいましたね。大変は大変だけど、それを楽しいという気持ちに変換して取り組みたかったので、自然と前向きな気持ちになっていたと思います。
――2014年は女性ファン限定のイベントを開催するなど、新しい試みもありましたが覚えていますか?
譜久村 めっちゃ覚えています! 少し前から女性ファンが増えてきている感覚はありましたが、2014年はより実感するような機会が多かった気がします。モーニング娘。はライブの時によく「男性の皆さん〜! 女性の皆さん〜!」と客席に向かって呼びかけていたんですけど、女性のファンの皆さんの声がどんどん大きくなっていくので、そこでも実感していました。
――2014年の活動で印象に残っていることはありますか?
譜久村 初めてのNY公演「Morning Musume。’14 Live Concert in New York」はすごくいい思い出です。NYだけではなく、世界中から駆けつけてくださった方がたくさんいて、声援も会場の熱気も本当にすごくて! もちろん慣れない環境で緊張もしましたが、それ以上にめちゃくちゃ楽しかったです。衣装もNY仕様にしていただいて、それも印象に残っています。
――話が少し遡りますが年始に開催された「Hello! Project 2014 WINTER 〜GOiSU MODE・DE-HA MiX〜」では、憧れの存在であるBerryz工房の菅谷梨沙子さんとユニット曲を披露したり、鈴木愛理(℃-ute)さんの『通学ベクトル』をソロ歌唱していましたよね。個人的にうれしい出来事だったのではないでしょうか。
譜久村 はい! 菅谷さんとご一緒できたことも、『通学ベクトル』を歌えたことも本当にうれしかったのでよく覚えています。でも菅谷さんと一緒に披露させていただいたメロン記念日さんの『肉体は正直なEROS』という曲が本当に難しくて、かなり苦戦しました。求められている大人の世界観を表現できる気がしなくて落ち込んでいたら、℃-uteの岡井千聖さんと中島早貴さんが「大丈夫だよ〜!」とすごく励まして、背中を押してくださったこともうれしくて覚えています。この曲は3人でやったので、他にはかなとも(金澤朋子)も一緒だったんですけど、かなともはハロプロに加入したばかりだったし、もっと大変だったんじゃないかと思います。当時はつんく♂さんがユニット曲のキャスティングなども担当されていたので、全然予測できないようなことが多かった気がします。
――そのほかにライブ活動で印象に残っていることはありますか?
譜久村 ナルチカのライブで最大の失敗をしてしまったことです……。『わがまま 気のまま 愛のジョーク』で本来はフルコーラスだったのに、いろいろな公演パターンが混ざりすぎて頭が混乱してしまい、私を含めメンバーの大多数が勘違いしてワンハーフ仕様でパフォーマンスしてしまったんです。その時は道重さんにとって最後のナルチカライブだったので、怒らせてしまったというかやるせない気持ちにさせてしまい、涙も流されていて……。よりによってそんな大事な時に、道重さんをそんな気持ちにさせてしまったことが本当に不甲斐なくて、すごく申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
道重さんは私たちよりリーダーとしての活動もあって忙しかったはずなのに、常に広い視野を持って動いている方でした。ライブの時などもそうですし、取材の席などでコメントする時の“かぶり”に注意して、とよくアドバイスもしてくださいました。自分たちに引き出しがない話だと無意識にかぶってしまうことが多いので、まず意識することの大切さを教えていただきましたね。
――ではここから改めて道重さゆみさんの卒業についてのお話を聞かせてください。春ツアーにて卒業することを発表し、秋ツアーをもって卒業ということでしたが、振り返ってみて思い出したことなどを教えてください。
譜久村 道重さんの卒業は少し前から覚悟していたことではあったけど、知らされた時はみんな泣いていました。卒業発表があったのは道重さんの地元である山口県での公演だったんですけど、メンバーが半泣き状態だったので、ファンの皆さんも「絶対何かある」って気づいてたんじゃないかと思います。
でも同時に後輩メンバーで結束して、道重さんをちゃんと送り出そうっていう気持ちも固まりました。
――当時、サブリーダーの立場から道重さんのことを見ていて感じたことはありますか?
譜久村 道重さんのすごいところはたくさんあるんですけど、一つ一つのお仕事で絶対に手を抜かないところにはすごく刺激を受けました。例えばコンサートでは毎回MCですごく素敵な言葉を残して、締めくくっていたことが印象に残っています。本当にすべての公演が卒業コンサートみたいな密度なんです。それぐらい気持ちが伝わってくるようなMCを常にされていました。そのつど話すことを紙に書き出して、それを着替えるスペースに置いて準備しているところを見ていましたし、そういう部分を本当に尊敬しています。
――道重さんがメンバーのことを撮影した写真集シリーズ『ミチシゲカメラ』などを見ると、道重さんのメンバー愛がすごく伝わってきますが、撮影の裏側などの思い出はありますか?
譜久村 逆に『ミチシゲカメラ』に写っているそのままがすべてという感じです。常に撮影されていたので、オンもオフも関係なくすべてさらけ出していたと思います。今だったらNGになりそうなカットがたくさん採用されているんですよ(笑)。寝顔とか着圧ソックスをはいているところとか、変顔とか……(笑)。でもこんなにも自分たちを素直に出せる機会ってなかなかないのですごくいい思い出です。
――道重さんの卒業に向けてグループが突き進むなかで、譜久村さんが次期リーダーになることが発表されましたが、当時の記憶は残っていますか?
譜久村 確か『TIKI BUN』をリリースしたぐらいのタイミングで、私が次のリーダーになることが決まったと思うんですけど、公に発表する時はすごく緊張しました。そして私は道重さんと二人で歌うことが結構あったので、そのたびに一緒に歌えてうれしい気持ちと「ここで一緒に歌うのは最後なのかな」という悲しい気持ちが両方押し寄せてきて、それらの思いを噛み締めていました。
――道重さんからリーダーを引き継ぐことになり、意識していたことはありますか?
譜久村 道重さんがリーダーとしてされていることをメモに残すようにしていました。あとはアイドルとして道重さんがされていることも、同じようにメモしていました。そして最後の半年は自分がリーダーになったらこうしてみようとか、そういうことを具体的に想像しながら過ごしていましたね。
――道重さんのラストとなる秋ツアーに向けての準備期間などでの思い出はありますか?
譜久村 私だけではなくメンバー全員、そしてファンの皆さんも含め、とにかく全員が「道重さんのために頑張ろう!」という感じだったので一体感が半端なかったです。練習の時にメンバー全員おそろいでピンクの道重Tシャツを着たりして、それも懐かしいです。
――改めて道重さんの卒業コンサートにて伝説となった“フクムラダッシュ”についてお話を聞かせてください。スペシャルメドレーの最中に道重さんの足がつって動けなくなってしまい、メインステージからセンターステージに移動できなくなってしまうというトラブルが発生。道重さんと譜久村さんのデュエット曲『好きだな君が』が始まる前のタイミングで、譜久村さんがダッシュして道重さんがいるメインステージに合流するというファインプレーが話題になりました。
譜久村 自分としては当然のことをしただけだったので、こんなに大きい話になるとは思わずビックリしました(笑)。でも一つ言えるのは、もし今また同じことが起こったとしても絶対に私はダッシュしますし、私だけじゃなくて、モーニング娘。のメンバーだったら、同じ状況になったらみんなダッシュすると思います。
その時の心境をお話すると、私にとって『好きだな君が』という曲は道重さんと一緒に歌えるすごく大事な曲で。ずっと大切に歌ってきた曲だからこそ、最後にバラバラで歌うなんてことは考えられなかったんです。その前の曲が『ブレインストーミング』だったんですけど、間奏の部分が結構長くあったので「ここがチャンスだ!」と思い、目の前にいるどぅー(工藤遥)に合図だけ送って、あとは全速力で走りました。後から映像で見たらすごい顔して走っててビックリしましたけど(笑)。でもそれぐらい無我夢中だったんです。「決めたからにはやるぞ!」みたいな強い気持ちでした。行動を起こしたことで自分の転機にもなったと思います。
道重さんの卒業公演では自分が過去に先輩たちからしてもらったこと、感謝の気持ちを思い出しながらコンサートしていました。メンバーにトラブルがあった時、他のメンバーが力を合わせてカバーすることは、先輩たちから教えてもらったことでもあるんです。
――道重さんの卒業ツアー序盤に12期メンバーが初お披露目され、新体制になるまでには少しだけ期間がありましたよね。
譜久村 はい。この年のカウントダウンコンサートから、一部ですが12期が合流しての活動が始まりました。そして僅かな期間ですが、9〜11期メンバーだけの9人体制の時期もありました。確かクリスマスイベントが最後の9人イベントだったんですけど、セットリストに納得いかなくて、メンバーでマネージャーさんに抗議したこともいい思い出です(笑)。「私たちが9人だけでパフォーマンスする最後の機会なのに、こんなに曲数が少なくていいんですか⁉︎ もっとできます!」ってすごくアピールしました(笑)。
――最後に譜久村さんにとっての2014年を一言で表すと?
譜久村 「3年分働いた年」です。とてもシンプルですがこれに尽きます(笑)。インフルエンザに罹ってお休みをいただいたことはあったんですけど、それ以外はまとまって休んだ記憶がないぐらいフル回転の一年でした。もちろん道重さんの卒業やリーダー就任など大きな出来事もあったし、それ以外にもあまりにいろんなことがありすぎて記憶が飛んでしまっている部分もあるんですけど、今日振り返りながらいろいろ話しているうちに思い出すこともあって、すごく懐かしい気持ちになりましたね。
「モーニング娘。’14 コンサートツアー2014秋 GIVE ME MORE LOVE ~道重さゆみ卒業記念スペシャル~」でラストソングとして披露した『歩いてる』の映像
『新春豪華どっきり祭り!3時間半スペシャル!』の寝起きドッキリ映像。
「モーニング娘。’14コンサートツアー春 〜エヴォリューション〜」ステージショット
「モーニング娘。’14コンサートツアー春 〜エヴォリューション〜」グループ写真
「モーニング娘。’14 コンサートツアー2014秋 GIVE ME MORE LOVE ~道重さゆみ卒業記念スペシャル~」メインステージ写真
「モーニング娘。’14 コンサートツアー2014秋 GIVE ME MORE LOVE ~道重さゆみ卒業記念スペシャル~」ライブ写真
「モーニング娘。’14 コンサートツアー2014秋 GIVE ME MORE LOVE ~道重さゆみ卒業記念スペシャル~」楽屋ショット
『Only you』
――毎回メンバー一人一人に、譜久村さんが贈りたいモーニング娘。の楽曲をセレクト。 第四回は15期メンバーの北川莉央さんです。
譜久村 北川(莉央)はすごく魅力的な子で、ダンスが未経験の状態で入ってきたのに、自分でちゃんと計画を立てて目標に向かって練習してやり遂げる強さを持っています。今日できなかったところは明日までに必ずできるようにします、って言ったら本当にやる子なんです。そういう熱い姿って見せないように隠しがちですけど、パフォーマンスにはさらに思い切りぶつけてもいいと思うんですよね。私は北川のキレのいいダンスが大好きなので、皆さんにももっともっと注目して見てもらいたいです。そしてあんなに可愛いのに、さらに自分の理想の“可愛い”に向かってずっと努力をしていて、時間があれば美顔器でケアしたり、メイクもすごく研究したりしています。オフの日も手を抜かず、ちゃんとヘアアレンジまでしていたり。アイドルとして、パフォーマンスもビジュアルも何事もどこまでも上を目指す子だから、そこをすごく尊敬しているんですけど、たまには力を抜いた、ありのままの北川も大切にしてほしくて、『Only you』を選びました。あとは、とにかく食べている姿が可愛いですね。一生守りたいと思わせるような笑顔の持ち主なので、やっぱり『Only you』です(笑)!
●ふくむら みずき 1996年10月30日生まれ、東京都出身。ハロプロエッグ(現ハロプロ研修生)を経て、2011年に9期メンバーとしてモーニング娘。に加入。2014年にモーニング娘。史上最年少でリーダーに就任。2016年よりハロー!プロジェクトのサブリーダー、2019年よりハロー!プロジェクトのリーダーも兼任する。愛称はふくちゃん、メンバーカラーはホットピンク。当時のプロデューサー、つんく♂から「少しウエットな色気のあるメンバー」と評価を受け、独自の魅力を磨きつつステージでは高いパフォーマンス力を見せつけるオールラウンダーとしても知られる。
オールインワン ¥26000/CEREΛL リング(右手中指) ¥17600(e.m.)・ リング(右手人さし指) ¥15400(LOVE BY e.m.)/e.m. 青山店 サンダル ¥6500/ダブルエー(オリエンタルトラフィック) イヤリング/スタイリスト私物
モーニング娘。’23
モーニング娘。ベストセレクション ~The 25周年~
モーニング娘。誕生25周年記念のベストセレクションアルバム。つんく♂によりセレクトされた、モーニング娘。歴代の人気曲の中から14曲、タンポポ・プッチモニの楽曲からそれぞれ1曲ずつを、現役メンバー12名(17期メンバーを除く)で再レコーディング。 加えて17期を迎えた新体制メンバーでの新曲『HEAVY GATE/なんざんしょ そうざんしょ/悲しくなるようなRainy day』の3曲も収録。計26曲、CD2枚組を初回生産限定盤と通常盤の2形態にて好評発売中。
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