友野一希「トモノのモノ語り。」

友野一希連載、再始動!2025-2026を自身で振り返り&新シーズンは「失敗してもいいからとにかく全部全力で」【 #トモノのモノ語り。】vol.44

2026.08.27 更新日:2026.08.28

現役フィギュアスケーター・友野一希さんの人気連載「トモノのモノ語り。」が、約1年半の休載を経てついに再始動!
先日non-no webのロングインタビューに登場してくれた友野さん。連載復活となる今回は、友野さん自身がこの1年半を振り返る特別編。休載中の出来事を時系列で追いながら、その時々の心境や、現役続行を決めた理由、そしてこれから目指すスケートについてたっぷりお届けします。

連載を待っていてくださった方にも、今回初めて読んでくださる方にも、休載中の歩みと今の“競技者・友野一希”を知っていただけるスペシャル回です。

連載再開!
\ただいまーー!/

おしゃれな私服でスケート靴をはいた友野一希さん

まずは、大変お待たせいたしました!
先シーズンの休載を経て、『トモノのモノ語り。』 がついに復活!ということで、再開回では、この1年半感じたことを恥ずかしいくらいたっぷり語らせていただきます!

「トモノのモノ語り。」
第2期スタート

皆さん、ご無沙汰しております。久しぶりの「トモノのモノ語り。」!

連載をお休みする前、「休載している間は、ちょっとミステリアスな自分でいたい」なんて話していた僕ですが……この1年半、果たして僕はミステリアスだったのでしょうか!?

思い返してみると、全然ミステリアスじゃなかったですよね(笑)。すみません。

ただ、競技に集中する日々の中で、踏み込んでプライベートの話をしたり、自分の気持ちや好きなものについてゆっくり話したりする機会は、ほとんどなくて。これまでこの連載での時間が、ふと恋しくなる瞬間はありました。

だからこれからは、日常のちょっとした変化や、大好きな服の話、新しい趣味のことも、少しずつお話ししていけたらいいなと思っています。

初めて「トモノのモノ語り。」を読んでくださる方には、この連載を通して、フィギュアスケートのよさを知っていただけたら。そして、友野一希というスケーターがどういうスケーターなのか、一人の人間として、なんかおもしろいな、気になるな、と思ってもらえるような連載にしていけたらと思います。
「トモノのモノ語り。」第2期も、どうぞよろしくお願いします!

“いい感じに年を重ねた”今の自分

そしてそして、再開を記念して、連載の新ビジュアルも撮影してもらいました!
それがこちら✨

友野一希さん連載「トモノのモノが足り。」新ビジュアル

以前の笑顔のキービジュアルもお気に入りだったけど、今日撮ってもらった写真を見たら、もう全然違う! いい感じに年を重ねたという感じがします。

写真は、その時の自分の状態がストレートに現れるもの。
ちょうど今回、これまでの連載を振り返る中で過去の競技写真を見ていたんですが、自分でも「この時はちょっと絞りきれてないな」とか、「あまりいい表情がないな」とか、けっこう分かるものなんです。

でも先シーズンは本当にいい写真が多かった。
充実している時って、顔つきが全然違うんですよ。
逆に、うまくいっていない時は顔つきにも余裕のなさが出る。だから、滑っている時の表情が自分の中で一つの指標になっているし、普段から鏡を見て「今、自分は生き生きしてるかな」と確認するようにしています。

今の自分はというと……どうでしょうね。
でもいい感じだと思います! 最近肌の調子も安定してきて。ついに自分に合うスキンケアというものが分かってきたんです。どれくらいの分量がいいのか、どんなタイプがいいのか、いろいろ試して、ようやく固定されてきた感じ。

最近愛用しているのが、Kiehl’s(キールズ)の保湿クリーム。僕は多分混合肌で、ベタベタするものだと、たぶん皮脂がたまってしまってアウト。でもこのクリームにしてから肌の調子が抜群によくなって。人生ベストコスメに出合えた喜びをかみしめる毎日です。

……って、顔つきについて話していたつもりが、いつのまにかお肌の調子の話になってしまいました(笑)。ある意味、non-noっぽいかな?

2025-2026シーズン振り返り

さて! ここからが本題。休載中お伝えできなかった、この1年半の競技での出来事を一気に振り返っていきます。

併せてcheck!
▶友野一希インタビュー。オリンピックを目指した「人生の中で一番大切な時間」を経て、皆さんと目指す夢の続き”。新プログラムに込めた思い

おしゃれな私服でスケート靴をはく友野一希さん

一生分泣いたシーズン。オリンピックには行けなかったけど、やり切ったこの過程を大切にしたいと心から思えた、宝物みたいな日々。

●2025年春〜初夏
シーズン開幕前 

オリンピックシーズンを迎えるにあたって、一番悩んだのはフリーをどうするか。

実は当初、いつもと違う振付師さんにお願いして新しいプログラムを作る予定もあったんです。でも滑走屋などのアイスショーで2023-2024シーズンの競技プログラム「Halston」を滑る中で、やっぱりいい作品だなと思えて。これを完成させて、このプログラムでオリンピックに行きたい、そう思ったんです。

もともと、そのつもりで作っていたプログラムでもあったし、長野の全日本(2023年の全日本選手権)でのいいイメージがあったことも大きかった。

周りにもたくさん相談した結果、最終的には自分の直感で決めることに。
ここが一番悩んだところだったので、フリーが決まってからは早かったですね。

プログラムが決まってからは、やれることは全部やっておきたいと思い、たくさんの人の力を借りました。

その一つが、織田(信成)くんにジャンプを見ていただいたこと。
きっかけは、国スポ(国民スポーツ大会)などで大阪チームとして一緒になる中で、ジャンプや技術の話をする機会が少しずつ増えていったことでした。
年齢を重ねても高い技術を維持され、日々進化を続けられている姿には、学ぶことばかりでしたし、何よりオリンピックを経験されているというのも、自分の中では大きな理由でした。

オリンピック出場に向けて自分でできることは全部やって、そこから最後にもう一段階、背中を押してくださった存在。技術だけでなく、メンタル面でも支えてもらい、織田くんがいなかったら、あそこまで頑張れていなかったと思います。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

今シーズンも、また少しずつジャンプ指導をしていただけたらいいなと思っています。客観的な視点ってやっぱりすごく大切で、一人では絶対にできないことですし、今年もいろいろな人からお話を伺って、たくさんのことを吸収していけたらいいなと思っています。

●2025年8月~9月 
シーズン開幕! 木下グループ杯

あっという間に8月になり、試合もスタート。初戦のサマーカップ全大阪Ⅱ選手権を経て、9月にチャレンジャーシリーズの木下グループ杯に出場。

この頃は、勢いも自信もあった時期。
とにかく、「友野一希はオリンピックに行くぞ」という雰囲気を自分だけじゃなく、周りも巻き込んで作っていくことが大事だと思っていて。その本気度を示す意味でも、シーズン序盤の木下グループ杯は大切な一戦でした。

結果は2位。ミスはありましたが、4回転の調子もよく、何より心が軽かったですね。国際試合ということで、たくさんのスケーターにも会え、いよいよシーズンが始まったという実感がありました。

●2025年10月 
グランプリシリーズ(カナダ大会、アメリカ大会)

ネーベルホルン杯近畿選手権と徐々に調子を上げていき、いよいよグランプリシリーズがスタート。
実はオリンピックシーズンで一番きつかったのは、全日本ではなく、このグランプリシリーズ2戦でした。

特にスケートアメリカでは、ショートで1位につけたものの、フリーでミスが出て3位。
あそこで優勝できなかったのは、人生の中でも最も悔しい出来事で。初めて心が折れちゃったっていうのかな。

演技後のインタビューでも、途中で涙が止まらなくなったりして。自分で見返しても、さすがにちょっと見ていられないくらいでした。

僕って普段から、終わった試合についてあまり覚えていないタイプで。(島田)高志郎にもよく「本当に何も覚えてないじゃん(笑)」って言われるくらい。とにかく試合について記憶がないんです。

でも、あのグランプリシリーズの悔しさは、今でもはっきり覚えています。あれだけ試合で本気になって、ぼろぼろ泣いて、ひたすら悔しがって。一戦一戦、感情を爆発させて。
心も体も削られながら、それでも次に向かっていくような感覚は初めてでした。

当時は精神的に本当にしんどかったです。
でも今振り返ると、それだけ強い思いで向き合っていたからこそ、あそこまで悔しがれたんだと思います。

グランプリシリーズに出るのはこれが最後かもしれないと思っていたことも、ここまで本気になれた理由の一つ。グランプリファイナルに出ることは、自分の中でずっとやり残していたことの一つでもありました。

だからこそ、なんの迷いもなく目指せていたし、自分の心の底の、さらに奥の奥にある本気に触れたような感覚。「自分の中に、こんな自分がいるんだ」って。

人ってここまで何かを目指すと、苦しくても、もっとやりたい、もっともっと向き合いたいと思うんだなと感じました。この経験こそが自分を次の段階へと進ませてくれたんだと感じます。

ただ、そう思えるようになったのは、少し時間が経ってからのこと。
グランプリシリーズが終わった直後の僕は、そんなふうに前向きに捉える余裕なんてまったくなく、完全に抜け殻状態でした。

やらないといけないのはわかっているのに、スイッチが入らない。リンクにも行きたくないし、体も動かない。自分でも「これは一度休まないと、どうにもできないな」と思うくらい、心身ともに追い込まれていて。

これはあくまで比喩ですけど、誰かにぶったたいてもらわないともう戻れないわ、ってくらい追い詰められて、一人では解決できない、どうにか助けてほしいという状態だったんです。

そんな僕に、ある意味荒治療をしてくれたのが平池大人先生でした。
自分が今、一番言ってほしくないことを、あえて全部言ってくれたんです。
「このままで終わるぞ」、「悔しかったら、やっぱりやらなあかんやんけ」みたいなことをストレートに言ってくれて。
先生も抜け殻みたいになった僕を見て「これはいかんな」と思っていたみたいで、僕の中にたまっていた膿を全部出させてくれたんだと思います。

ただ、こっちとしては、「そんなんわかってんねん!」っていう気持ちもあるんです。頭ではわかっている。だけど、体が動かないから苦しい。

そこで初めて、先生に自分の気持ちを全部ぶつけました。
「もう体が動かんねん」とか、「ここまでへこんだの初めてやし」とか。どういう練習をしたいのかも含めて、その時に思っていたことを全部話しました。

全部吐き出したあと、先生が最後に「やっと全部言えたか」って。
そして、「全日本まで、また二人で頑張ろう」って言ってくれたんです。

思い出しただけでまた泣きそう。リンクで言い合いして、リンクの外でも話し合って。二人で泣いてるっていう、傍から見たらちょっと変な光景だったかもしれません(笑)。

でも自分でも、きっとそれを求めていたんだなと。あそこまで厳しく言うことで、引き戻してほしかったんだと思います。

そうやって大泣きした次の日からは、人が変わったように体が動くようになって。これは「大人マジック」と言わざるを得ない(笑)。
「ああ、全日本までついて行こう」そう心から思えた瞬間でした。

僕はそれまで人生で負の感情を全部外に出すというのをしたことがなかったんです。

なんか僕ってしんどいことがあっても、いつも自分の中でうまく丸め込んで、ポジティブな方向に持っていこうとするんです。
「なんとかなる、きっとうまくいく」って。
それがいいところでもあるんですけど、悪いところでもある。

でもグランプリシリーズでの涙を含め、今回初めてここまで感情的になれたことで、自分がどれだけの熱量で向き合っていたか気づかされました。そして、人と真正面から向き合って、ぶつかり合うことの大切さも学んだ。

今シーズンも本気で競技と向き合うということは、またこういうことを経験する1年になるのかと思うと、正直きついですけど(笑)。
でも、先生にもまた覚悟を持ってもらって、一緒に進んでいこうと思います(笑)。

そんな先生に「来シーズンも競技を続けます」と伝えたときのこと。
当初は、探求しながらいろいろ試して、結果も出たらいいな、くらいの気持ちもあったんです。まあそれでダメだったら、自分なりの終わりどころを見つけるのかな、みたいな感覚もありました。

でも先生は、「やるからには、最後に一発花火を打ち上げて終わらないとだめでしょ」って言ってきて。「先生、めっちゃやる気あるんやな」って思いました。

というのも、僕としては現役を続けることでコーチになるのが遅くなって先生の手伝いができなくなったり、あとはもちろんセカンドキャリアが遅くなったりという不安もありました。
そんな僕の心配をよそに、先生が「やれるだけやろうぜ」と言ってくれて。それで一気にスイッチが切り替わったんです。

じゃあ、やるからには、世界選手権もグランプリファイナルも、このシーズンできなかったこと全部回収していこうっていう気持ちになって。まずは1シーズン1シーズンにはなるけれど、アスリートとして全力で向き合っていきたい。そういった強い気持ちになれました。

結局先生にはずっと助けられっぱなし。もうコーチっていうより父親に近い存在でもあるのかな。

少し先の話までしてしまいましたが、グランプリシリーズ後の僕をもう一度全日本へ向かわせてくれたのは、やっぱり先生の存在でした。あの日、本気でぶつかってもらえたからこそ、そこからもう一度ギアを入れ直すことができたんです。

●2025年12月 
全日本選手権

そんな先生とのぶつかり合いがあって、そこから全日本選手権までは、充実した毎日を送ることができました。
自分の中では史上最高と言っていいくらい調子もよくて。もちろん、一番大事な試合に向けてそう持っていくのは当たり前なんですけど、やることは全部やったし、あとは本番でやるだけという状態で迎えられたと思います。

そして迎えた、オリンピック代表が決まる全日本選手権。
ショート4位で折り返し、一番練習してきたフリーは、思い描く演技とはなりませんでした。

思い返せば、泣いてばかりだったこのシーズン。
でも、フリーの演技を終えてリンクサイドに戻る時、先生が両手を広げて迎えてくれたのを見た瞬間に込み上げた涙は、スケートアメリカの時とは違う涙でした。

スケートアメリカでの涙は、「もう終わった」「全部やってしまった」という絶望に近い気持ちから出たものだったと思います。自分の中で、結果を取りこぼしてしまったことへの悔しさが大きかった。

でも全日本の涙は、演技で出たミスに対する悔し涙とは少し違いました。自分としてはあの瞬間まで、やれることはやってきたという思いがあったので。

先生の顔を見た瞬間に感じたのは、「ああ、自分はこんなにもたくさんの人の思いを背負って滑っていたんだな」ということ。
今僕はみんなの夢を背負って、その思いに演技で応えにいく過程にいたんだなというのが、一気に実感として湧き上がってきたんです。

そして、その思いに応えきれなかったことが、一気に込み上げてきた。それがあの時の涙だったんだと思います。

そう強く感じたのは、演技前からずっと会場の声援が届き続けていたから。
明らかにたくさんの人が自分を応援してくれているというの伝わってくる会場の雰囲気。みんなが「行けー!」って背中を押してくれているのをはっきりと感じていました。

6分間練習と、演技前に自分の名前がコールされた時の歓声は、ガチで一生忘れないと思います。一寸の曇りもない応援が、全部自分に降り注いでくるような感覚。
それが本当に美しくて。とても幸せな瞬間でした。

自分のスケート人生が全部詰まっていたような時間で、「ここまでやってきてよかったな」と心の底から感じました。

だからこれからは、その応援を返す努力をする時間にしたいんです。ただの感謝とか、そういうものだけじゃなくて、僕はあの瞬間、本当に救われたから。

それが自分のためにもなるし、なにより一番やりたいこと。
この連載もそうですし、一番はやっぱり演技で。自分がこれから滑っていくことで、少しずつ返していきたいと思っています。

●2026年1月 
四大陸選手権

そんな全日本選手権が終わり、年が明け1月。
目標だったオリンピック代表とはなりませんでしたが、四大陸選手権の代表に選んでいただき、北京へ。

でも正直、全日本が終わってから四大陸に向かうまでの時間は、なかなか気持ちを切り替えられなくて。
全日本という、自分にとってあまりにも大きなものが終わったあとで、気持ちの整理という意味でも、ものすごく難しい時間だったんです。

四大陸は、一言でいうと不思議な試合でした。
調子が本当に悪くて、ジャンプも何もできないよう状態。現地に入ってからも、4回転がなかなか決まらないというのが続いていました。

でも試合では、今まで積み重ねてきた練習の貯金と、このシーズンを通してショートでいい演技ができていたイメージに助けられたのか、自分でも信じられないくらいの出来になりました。フリーも、シーズンの中で一番まとまった演技になったと思います。

「本当にスケートって分からないな」なんて改めて思いましたね。最悪の状態で挑んで、最高に近い形で終わるっていう、これまでとは真逆のパターン。ここまで上振れした試合は、今までなかったんじゃないかな。

結果としては4位でメダルに届かなかったですし、自分の詰めの甘さも出たと思います。
でも、心の持ちようや、どうやって気持ちを上げていくか。ただやればいいわけじゃないということも、すごく勉強になった試合でした。

●シーズン終盤 
オリンピックを観て考えたこと

毎年恒例の国スポ、そして僕にとってこのシーズンラストのクープドプランタンを終えた後は、アイスショー「滑走屋」が開幕。
試合の関係でリハーサルに出られなかったのですが、無事に本番を終えられて、今年もいい思い出になりました。
終わってからは、みんなでオフに旅行へ行ったり、お出かけしたり。ファミリーみたいに楽しい時間を過ごせました。

そしてもちろん、オリンピックもしっかり観ました。
悔しい気持はありつつも、みんなが活躍している姿を見て本当に感動したし、純粋に応援できてよかったです。

みんながメダルをつかみ取っていく姿を見て、「こんなにすごい人たちと一緒に戦ってたんだ」って。思うような演技ができなかった選手もいたと思うんですけど、それでもみんなめちゃくちゃかっこよかった。特に(佐藤)駿がメダルを取った時は泣きました。りくりゅう(三浦璃来さん・木原龍一さんペア)に胸を打たれたし、かおちゃん(坂本花織さん)の演技は自分のことのように悔しかったです。

一方で、いろいろな選手の姿を見ながら、「今の自分がオリンピックに出ていたら、何ができて、何を得られていたんだろう」と考える時間でもありました。
オリンピックを目指してきた中で、今回はこれまでで一番その舞台に近づいたシーズンでもあって。だからこそ、観ていても「すごいな」で終わらず、「もし今の自分があそこに立っていたら、何ができたんだろう」って、すごくリアルに考えました。

出場することが大きな目標だったけど、オリンピックは、国を背負って出る場所であり、メダル獲得という結果も求められる場所でもある。楽しいだけではない、大変ですごい場所なんだなと。

もし自分が出ていたとして、自分のやるべきことと向き合って、最後まで踏ん張ることができただろうか。そんなことも考えました。

だからこそ、あの舞台で国を背負って戦っている選手たちは、本当に立派だなと思いました。

でも、そうやって考えられるようになったのも、自分がまっすぐにオリンピックに向き合ったからこそだと思います。
見え方が変わったことも含めて、自分にとっては、すごく刺激的なオリンピックだった。

そして改めて、自分自身のスケーターとしての価値をもっと高めていきたいと思いました。
その気持ちも、次のシーズンへ向かう大きな理由の津に一つになったんだと思います。

まだ進化できる。現役続行を決めた理由

おしゃれな私服でスケート靴をはいた友野一希さんのかっこいい横顔

ここまで、休載中にあったことを順に振り返ってきました。
最後になるだろうという思いで走り抜けたシーズンを経て、僕は次のシーズンも現役を続けることに決めました。

現役続行へ気持ちがシフトしていったのは、グランプリシリーズの頃。
練習を通して体の動きのキレがどんどんよくなって、自分がまだ進化している実感がはっきりあって。「これ、続けたほうがいいかも」「全盛期、今かもな」と感じていたんです。

先シーズンは、自分の体についても毎日発見がありました。
体が素直になった、というのかな。疲れたらちゃんと疲れるし、痛いところはちゃんと痛くなる。何を食べたか、どれくらい寝たか、そういうことが全部体に出るようになって、全然ごまかしがきかない。

体への理解度が増していって、これはセカンドキャリアや指導、フィギュアスケートの魅力を伝えていく上でも、今無駄にしちゃいけない時間だと思ったんです。

全日本のあとに現役続行を明言しましたが、正直、その時にはもう「続けたい」という気持ちはかなり大きくなっていました。
まだまだ探求したいことがあるし、できることもたくさんある。努力はもちろんたくさんしてきました。でも、それをちゃんと結果につなげたい。

本気で終わるつもりでやったからこそ、逆に見えてきた可能性がありました。
だからこそ、今はもう少しこの体で、もう少しこの感覚で、競技を続けてみたいと思ったんです。

1年1年。でも、今は続けていく努力をしてみたい

ただ、現役生活は本当に1年1年だと考えています。
いい結果で終えられたらいいなという気持ちはあるし、自分が満足できたら、それでいいとも思っています。
でも、その先でまた欲が出たら続けてもいい。今は先のことを決めきるより、続けられる自分でいるための努力をしてみてもいいのかなと思い始めています。

(宇野)昌磨くんがカムバックしている姿にはめちゃくちゃ勇気をもらっていますし、草ちゃん(山本草太選手)もいて、高志郎もアイスダンスで頑張っていて、(青木)祐奈ちゃんもいる。

スポンサーしてくださる企業さんがいて、アイスショーにもたくさん呼んでいただけて、競技を続けられる環境がある。
それをむだにしたくないですし、フィギュアスケーターとしての価値を高めるうえでも、現役でい続ける意味はあると思っています。

まあ、もう無理だと思ったらやめます(笑)。
最近はそこも少し吹っ切れてきました。だから、引退する時も急かもしれないです。

失敗してもいいからとにかく全部全力でやってみる

今シーズンのテーマは、「失敗してもいいからとにかく全部全力でやってみる」。

オフの間は、さまざまな角度からフィギュアスケートに触れて、いろいろな自分に触れることをテーマにしていました。
そこからしっかり競技モードに切り替え、強い目標を持ってスケートに向かっていきたいと思っています。

自分は結構完璧主義で、あまり失敗したくないタイプ。慎重なところもあります。
でも今シーズンは、これまでやってきた練習は継続しつつ、大胆に構成を変えてみたり、新しい練習を取り入れてみたりしてもいいのかなと思っています。

今の年齢だからこそできることもあると思うので、それをいい方向に生かしていけるように模索していきたいです。

昨シーズンは、素晴らしい時間だったと胸を張って言えます。
でも、それが正解だったと思いすぎないようにしたいし、あの時間が僕の最高到達点だとも思っていません。

あれだけ大きなものに向かっていったからこそ、逆に吹っ切れて、いろんなことができる気がしています。
何ができて、何ができないのか。実はこういうこともできた、という発見にもつながると思うんです。

だから、その約1年半を貴重な資料として、ちゃんと改良して、結果につなげていく。
その過程で、また新しい自分に出会えたらいいなと思っています。

自分が見ておもしろいと思えるスケートを追い求め、新シーズンへ

おしゃれな私服でスケート靴をはき柔軟性を見せる友野一希さん

じゃあ、自分にとっての「新しい自分」って何なのか。
そこを考える時に、まず浮かぶのは、やっぱり僕は自分の演技が大好きなんだということ。

僕はたぶん、自分のことを好きだと思ってスケートしているタイプなんです。自分の演技を見て、普通にニヤニヤできるタイプ(笑)。

完璧主義ではあるんですけど、自分の行動や過程に対してプライドがあるという感じなのかもしれません。だからこそ、こだわりが強くなりすぎる部分もあって、もう少し柔軟にしていかないといけないなとも思っています。

今思うと、自分が楽しめる演技をしたい、というのが正解なのかもしれませんね。自分が見て「おもしろいな」と思えるスケートを、僕は追い求めているのかなって思います。

そんな僕のこれからも、「トモノのモノ語り。」で少しずつ見守ってもらえたらうれしいです。競技者として1日1日成長していけたらと思いますので、今後とも応援よろしくお願いいたします!

最新プロフ帳公開!

連載再始動スペシャル第2弾として、友野さんの最新プロフィール帳も公開!
基本プロフィールから、今知りたい情報までぎゅっと詰め込んだ友野さん直筆の自己紹介シート、必見です!

Staff Credit

語り/友野一希 撮影/花村克彦 企画・構成/轟木愛美 ロゴデザイン/ZUMA

Profile

友野一希さんのプロフィール紹介カット

友野一希

フィギュアスケート男子シングル

1998年5月15日生まれ、大阪府堺市出身。第一住建グループ所属。
感情をスケートにのせ、観客の心まで躍らせる演技で世界中から愛されるスケーター。表現の名手として知られ、オフシーズンはアイスショーにも多数出演。ショーごとの特性に合わせた多彩なパフォーマンスで、エンターテイナーとしての本領を発揮している。
古着、サウナ、インテリアショップ巡りなど多彩な趣味を持ち、好きなものへの探究心は群を抜く。実直で面倒見のいい人柄から、ファンはもちろん、後輩スケーターからも慕われる存在。イベントなどでは率先して場を盛り上げ、司会進行を担うなど、リンク内外で頼れる存在感を発揮している。
スケート界きってのインフルエンサーとしても知られ、サウナの魅力を広めたかと思えば、最近はスケーターたちの洋服選びもお手伝い。ファッションの楽しさもじわじわ布教中。好きなものをとことん楽しみながら周囲を巻き込む発信力も魅力で、自身監修の『TOMONO CURRY』欧風チキン、本格ビーフの2種も大好評。

オリンピックを目指したシーズンを経て、現役続行を決断。フィギュアスケートの魅力を伝えることを自身の使命とし、スケート教室などの普及活動にも精力的に取り組む。競技、表現、アイスショー、普及活動と、さまざまな側面からスケートに向き合いながら、自分自身のスケートをさらに深めていく。

Kazuki Tomono

フィギュアスケーター

第一住建グループ所属。フィギュアスケート男子シングル日本代表。2026-2027シーズンのプログラムは、SP「That's It (I'm Crazy)」、FS「It's a Beautiful Day」。
初戦はアジアンオープントロフィー(8月1日~5日)。グランプリシリーズはカナダ大会(10月29日~11月1日)、フィンランド大会(11月19日~21日)に出場予定。今年の全日本選手権は地元・大阪での開催となり、門真市の東和薬品RACTABドームで12月24日~27日に実施予定。また8月30日には、東京辰巳アイスアリーナの1周年記念イベントに出演予定。

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