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2020.09.25
小説でしか味わえない体験。時間を移動する本
出席番号一番同士の何十年も続くささやかな縁。ある男の引っ越しの履歴。埠頭のターミナルが栄えて廃れて跡地がリゾートホテルになって宇宙航空機を眺めるスポットになるまで。誰でもない誰かの人生と時間を描く新感覚の物語集。
電車や新幹線に乗って知らない街を窓から眺めるとき、あのマンションの全部に人が住んでいて私の知らない人生があり、しかもその誰とも一生会わないのだろう、あのマンションにもこのマンションにも無数の人生が、と思うと、その果てしなさにクラクラしてしまうことがある。
この小説を読んでいるとあの感覚を思い出す。数ページで終わる短い物語はどれも、顔も名前もない人物が淡々と自分の人生を生きていて、一瞬で数十年の時を駆け抜けていく。なにか特別な事件や感動的なできごとが起きるわけではないのだが、なぜかそれがすごい。何だかすごいものを体験してしまった、という気持ちだけが胸に残る。人生とは、世界とは、もしかしたらこういうものなのかもしれない、と心のざわめきが止まらなくなる。
この特別な読書体験はどんな莫大な予算をかけたSF映画でも再現不能で、小説でしか味わえないものだ。読み終えたあとはきっと誰かに「すごい本を読んだよ」と言いたくなるだろう。
時間と人生を旅するための2冊
シェル・シルヴァスタイン・著 村上春樹・訳 ¥1200 あすなろ書房
ある少年と1本の木。木は少年に遊び場やおやつを与え、大人になってからも家や船の材料となって自らを与え尽くした。そして最後に彼らが交わした言葉は……。愛や時間について考えさせられる絵本。
何にも属さないような、世界の隙間からこぼれ落ちてしまいそうなエピソードばかりが語られる社会学エッセイ。本を愛する人たちから熱狂的に愛され、今も読み続けられている名著中の名著。
●はなだ ななこ
HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE店長。著書に『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』がある。

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