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馬場ふみかのために金原ひとみさんが書き下ろした小説『退色』を全文公開!

『退色』

著者:金原ひとみ

 何もなかったんだよね。付き合い始めてから、全部向こうに合わせてて、髪の毛も服もお酒も予定も。相手に染まってるのが自分で、染まってれば染まってるだけで幸せだった。だからつまらないって思われたのかもしれないし、捨てられたのかもしれない。

 それでどうしたいのどうするの? と呆れたようにピスタチオを割りながらこっちに視線も寄越さず吐き捨てるように言う。

 粘るよ。好きって、やり直してって言い続ける。それしかないから。そうやって完璧に染まり切れるのが自分の強みなんじゃないかって思ってる。開き直りかもしれないけど。

 開き直りでいいんじゃない。彼女の突き放すような言葉に顔を上げる。嫌いになりたかったけどなれなくて、だからせいぜいその髪色にさせた女と幸せになればいいって思った。言いながら彼女が開けるのを諦めて放り出したピスタチオに殻を差し込んで割って差し出すと、せっかく物分かり良く別れてあげたのにと、彼女はピスタチオを口に放った。彼女の中から、僕の色が随分抜けていることに気づく。全く僕に理解のない、意固地な人だと思っていた。それでも一緒にいながら彼女は少しずつ、僕に染まっていたのだ。僕はいつか、僕を捨てた人を、自分でも気づいていなかった大切なものを捨ててしまったことに気づいた時の、こんな気持ちにさせることができるだろうか。

 硬いピスタチオはね、割ったピスタチオの殻を隙間に刺してテコの原理を使えば簡単に開くんだよ、と実演して見せた彼女の姿が蘇る。完璧に僕に染め上げた彼女が僕からどれだけ退色しても、ピスタチオを食べるたびに僕は彼女を、あの自慢げな笑顔を思い出すだろう。何も言わないのに、彼女のことを考えていたことが分かった様子の彼女は、女々しいなと刺々しい言葉を柔らかくぶつけて、泣きかけた僕の椅子を足で蹴って、笑うのかと思ったら悲しげな表情を浮かべた。

 

 

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馬場ふみか×金原ひとみ

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2020年4月号掲載

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